人形佐七捕物帳008
人形佐七も危機一髪、犬娘恐るべし
「犬娘」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳一」）
春陽堂書店
鼈甲問屋･長崎屋から
奇妙な葬式が出される。
柩の中の主･十兵衛は
まだ生きているのだが、
祟りを鎮めるために
必要なのだという。
偽の葬式が始まったとき、
柩から血が滴り落ちる。
柩の中には十兵衛ではなく
娘のお君の無惨な死体が…。
事件の現場で目撃される、
狼のような獰猛な犬を引き連れた犬娘。
これだけで衝撃度大であり、
いかにも横溝正史の作品という
印象があります。
人形佐七も危うく
かみ殺されそうになるという
危機一髪の場面もある本作品、
緊迫感満点です。
【捕物帳〇〇八｢犬娘｣】
長崎屋十兵衛
…鼈甲問屋現当主。
先代十兵衛が亡くなり、
そのあとを継いだ弟･銀之助。
先代十兵衛
…長崎屋先代当主。
三年前、狼の群れに襲われ死亡。
その死に疑惑あり。
お千
…若々しい美貌の持ち主。
先代十兵衛の妻だったが、
弟･銀の助と関係を持つ。
お君
…十兵衛(銀の助)の娘。
神隠しに遭い行方不明。
死体で発見される。
お鶴
…先代十兵衛とお千の娘。十九歳。
家出して行方不明。
清七
…長崎屋手代。
佐七に相談を持ち掛けるが、変死。
お近
…長崎屋女中。清七に惚れていた。
犬娘
…狼のような獰猛な犬を
飼い慣らしている娘。謎の存在。
日照
…谷中感光院住職。
長崎屋は檀家の一つ。
樋口十次郎
…町方与力。
年は若いが腕も立ち学もある。
神崎甚五郎…八丁堀の与力。
巾着の辰五郎…佐七の乾分。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
美貌妻お千の妖しげな魅力
先代十兵衛の死、
手代清七の変死、
継娘お君の神隠し、
当主十兵衛の生葬礼、
これらの奇怪な事象の中心にいるのは
美貌妻お千。
彼女は一体どんな役割を
果たしているのか。
三十九歳でありながら、
二十七、八にしか見えない若々しさ。
｢商売物の鼈甲のように
年がふるほどいよいよ艶が出て来る｣と
噂されるほどの美女なのです。
怪しそうに見えないが十分に妖しい。
お千は一体？
本作品の味わいどころ②
生きたままの葬式、入れ替わった死体
偽の葬式で血の滴る柩を開けてみれば、
中には十兵衛ではなく、
神隠しに遭って行方知れずの娘･
お君の刺殺体が。
入れ替わったとすれば、
寺に運ぶ途中で突然とどろいた
雷鳴の瞬間のみ。
でも突発的に起きた自然現象を
巧みに利用したとは考えられず、
事件はまさしく祟りにしか思えない
様相を呈します。
柩はどこで入れ替わったのか？
そして十兵衛は一体どこへ？
本作品の味わいどころ③
犬娘は殺人鬼か、それとも
手代清七の変死では、
まるで狼に噛まれたような傷跡が。
犬娘は偽の葬式の葬列の
後尾に潜んでもいました。
事件に何らかの形で
関わっていることに
間違いはありません。
果たして犬娘は殺人鬼なのか。
そうした一連の謎の解明に、
佐七が挑むのですが、実は今回、
あまりいいところがありません。
訴え出た清七を一足違いで殺害され、
清七が伝えた人殺しを防ぎきれず、
手がかりに窮したところで
与力･神崎の指導が入り、
犬娘を追って悪党の巣窟へ来てみれば
与力･樋口が証拠のすべてを
掴んでいるという体たらく。
佐七は捕り物に加わっただけなのです。
それでも捕物帳は面白いのです。
犬娘という強烈なキャラクターなど、
由利麟太郎シリーズに改変していたら、
さぞかし面白い改稿作品に
なっていたと想像できます。
横溝らしさの溢れる本作品、
ぜひご賞味あれ。
〔｢完本 人形佐七捕物帳一｣
収録作品一覧〕
羽子板娘
謎坊主
歎きの遊女
山雀供養
山形屋騒動
非人の仇討
三本の矢
犬娘
幽霊山伏
屠蘇機嫌女夫捕物
仮面の若殿
座頭の鈴
花見の仮面
音羽の猫
二枚短冊
離魂病
名月一夜狂言
螢屋敷
黒蝶呪縛
稚児地蔵
（2018.2.1）
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